不動明王の真言 私が思う意味

 

こんにちは。本日も私のブログをご覧いただき有難うございます。

今回は「神様カテゴリー」にて投稿したいと思います。

仏教の最高守護神である、不動明王の真言についてお話したいと思います。

 

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photo credit: MShades via photopin cc

 

不動明王は、多くの方に必要とされてきた明王です。

私の家系の中にも、「お不動様」を信仰していたようです。

私が直接に「お不動様」を知ったのはマンガでしたが。

 

さて、「お不動様」のご真言です。一般的に広まっているご真言に「中咒(ちゅうしゅ)」という長さの物があります。

 

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さて、この「ご真言」は、あなたにどんな意味を与えるのかですが。

 

私が何度も投稿の度に述べている事ですが、あなたが興味を持ったり、遭遇する事柄には「ご縁」がございます。

その「ご縁」は、単純にあなたが生きてきた歴史の中で潜在意識に蓄積されているよりも深い事があります。

それは、あなたの家系の「ご縁」です。

あなたが、これを自覚していなくとも、あなたに先祖の「ご縁」というものは連なっています。

故に、こうした「ご真言」に興味を持たれる事は、何かしらの「ご縁」があるからです。

 

さて、私は「不動明王」に若干の「ひっかかり」を持っています。

私は「シヴァ神」が好きです。「シヴァ神」が仏教に取り入れられる際に、その「シヴァ神」と同等の力を持つ神として、「不動明王」の存在が出来上がってゆきます。

 

ならば、シヴァ神でいいんじゃないか?

 

と思ってしまいますが、決してそうではありません。

不動明王」は「大日如来」の別の姿でもあるのです。

仏教の最高神である「大日如来」が「武闘派」に変身すると、「不動明王」になります。

よって、「不動明王」は仏教における最高の守護神となります。

 

前置きが長すぎました。

 

私は、ある種ですが、この「ご真言」をあまり説明したくはなかったのです。

理由は「パッ」としないからです。

いや、「パッ」とする場所もございます。

 

不動明王」の「ご真言」は、1人部屋で続けて唱え続ければ解ると思いますが、「内気が引き締まりまる、内気が溜まる」感覚を覚えると思います。

それは、体で言いますと、上半身というよりは下半身です。

みぞおちの下からですが、「気」が落ちている感覚があります。

故に「不動明王」のご利益であり、ご真言であると思います。

不動明王」の「ご真言」を唱え続ければ、そうした「ぶれない」状態を理解できると思います。

しかし、習慣化しないとダメです。

 

私は「天津祝詞」をブログ内でご紹介しているのですが、「天津祝詞」は外に対して対話するような雰囲気を持っています。

故に、神に心の想い(気)を投げかけるような物だと感じています。

 

これは感覚なので、文章ではうまく語ることが出来ませんが、不動明王」の「ご真言」を、「天津祝詞」を発声するように、自分の「内」ではなく「外」に対して唱えますと、肉体的な事ですが、効果が違うのです。

つまりは、「口下手(くちべた)」で引っ込み思案が、不思議と口調は良く、度胸も据わってしまうのです。

 

お寺の住職さんとお話をすると解るのですが、「気」が大きいなと感じます。

口調も良いですし、気が座っている。

 

しかし、これは個性ではない。これは鍛錬からなるものです。

毎日、読経を上げている習慣が、お寺の住職さんのような体を作っていると思います。

私達のような、通常に生活を送る人間にとっては無理な事です。

しかし、多少でも住職さんのような状態になれるのなら、「不動明王」のご真言をお勧めします。

 

 

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筋肉トレーニングのような事です。

私は筋肉トレーニングなら「ブルワーカー」をお勧めしますが、内気のトレーニングなら、「不動明王」のご真言をお勧めします。

 

しかし、あなたの「心」まで変化を及ぼすと言うことではありません。

 

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photo credit: Nemo's great uncle via photopin cc

 

写真をご覧になられると解ると想う事を書きます。

この写真をご覧になって、安置されている場所の雰囲気や「気」を感じ取る事ができるでしょう。

不動明王」の像は人間が作り出したものです。

しかし、数多くの方々の様々な「祈り」が、それを守る為に、救う為に、慈愛を持って存立しているように感じます。

故に、悪因を絶ちたい、煩悩を滅したいと望み祈れば、「不動明王」に届く気がしてしまいます。

何故、そのような想いになるのかは解りません。

私のDNAが、そう感じさせてるのかもしれません。

 

 

「神域」という空間がございます。神様が安置されている場所です。

勝手に入ろうとしたら、注意された事がありましたが、どうしてあのような「静けさと緊張感」のある空間が作られるのかが、解りません。

 

さて、次のような写真も用意致しました。

 

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photo credit: Nemo's great uncle via photopin cc

 

「観音様」と同様に、「お不動様」の石像を良く見かけると思います。

そして、その石像から、「気」を感じ取る人が多いのではないかと思います。

 

不動明王」の「ご真言」とは、ただ「ご真言」を唱えるのではなく、「お不動様」を理解して、「お不動様」とつながっている事が大切です。

 

日本には、いたる所に「お不動様」を見かけます。

その「お不動様」の「気」は、「神の気」です。

決して、人間が作った「仏像」で終わるものではございません。

 

のめり込む事でもございません。

あなた自身の「意識」はあなたの物で、神に委ねる物ではありません。

 

不動明王」の「ご真言」について、私が知りうることを述べました。

どうか、「言霊」という言葉のみを意識せずに、私達の生活に広がっている、ご先祖達が費やしてくれた「神の気」のネットワークのような物を活用して欲しいと思います。

その事で、いままで目にも留めていなかった事、触る事もなかった事、気が付かなかった事など、厄介な事も増えるかもしれません。

そんな時は、勝手な言い草ですが、「不動明王」からの「ご縁」と思って、「ご真言」から「お不動様」につながって問題を解決して欲しいと思います。

何故なら、その「悪縁」等を打ち払う「力」があなたに宿ったからこそ、巡ってくる「ご縁」ですから。

 

今回は以上にしたいと思います。

最後までお付き合いいただき、有難うございました。