クベーラのマントラ 「Kubera Gayatri Mantra」

 

こんにちは。本日も私のブログをご覧いただき有難うございます。

今回は、クベーラのマントラ「Kubera Gayatri Mantra」について投稿したいと思います。

(注意! もしも、このマントラで生活に不具合を感じる事がありましたら、無理をせずに控えてください。)

 

前回の「神様カテゴリー」より「毘沙門天」を投稿しておりますが、クベーラはこの「毘沙門天」です。

 

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photo credit: Anandajoti via photopin cc

 

私がクベーラを知ったのは、シヴァ神を知った後でした。

このような文章を書くと悪く思われるかもしれませんが、私が食事時に向かいますインド系のレストランが数店ございます。

おおよそ、そうしたお店には神様が飾られていますが、クベーラは飾られておりません。意外と、「文殊菩薩」が飾られていたりします。

「シヴァ神」や「ガネーシャ神」は飾られていて、プージャ(お祈り)もやるよ!と言っていましたが、何となくクベーラを見かけません。

 

しかし、クベーラは偉大な神様であります。

まず、インドにおける三大神がありまして、「創造神ブラフマー」「維持神ヴィシュヌ」「破壊神シヴァ」がございます。

 

この内、「創造神ブラフマー」の孫にあたります。

しかしです。ヤクシャ(夜叉)の神でもあるのです。

ヤクシャ(夜叉)とは、悪魔族です。

 

こんな「クベーラ」が、事もあろうに、「シヴァ神」の財宝を盗もうとします。

「シヴァ神」が住んでいるのは、チベットにある「カイラス山」です。

クベーラは盗みを企てますが、失敗してしまいます。

しかし、シヴァに気に入られて、財宝を管理する事になります。

と言うよりも、神々の財宝を管理するようになったそうです。

つまり、クベーラは最強の財神である事になるのです。

 

こうした素性を知った上で、ガヤトリーマントラとして聞いていただけると、一味違うと思います。

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私がマントラCDなどを購入する際に使用させて頂いた「シーターラーマ」さんのブログから、その説明をご紹介します。

一部を引用させて頂きます。

 

オーム・ヤクシャラージャーヤ・ヴィッドゥマヘー
ヴァイシュラヴァナーヤ・ディーマヒー
タンノ・クベーラ・プラチョーダヤートゥ


どうかヤクシャ(夜叉)の神(クベーラ)を知り、
ヴァイシュラヴァスの子(クベーラ)を瞑想できますように。
クベーラ神が、私たちをそこに導き、照らしてくれますように。

 

 

 

クベーラは、確実にアジアへ広がりました。

(チベットあたりでしょうか。)

 

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photo credit: GiaScala via photopin cc

 

(中国あたりでしょうか。)

 

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photo credit: nadja.robot via photopin cc

 

そして、日本へもやって来ます。

 

さて、クベーラのガヤトリーマントラですが、こんなマントラがあるんだな程度に思っていただけると幸いです。

私のブログでは「前世の因縁を除去」とか「あなたの深層心理にダイレクトに直撃して、財運をもたらします」等の解説は致しません。

 

これは信仰する方々の心意気です。私が今回、簡素に投稿しましたクベーラの存在をマントラにのせて、しみじみと感じる契機があれば、これも幸いと感じます。

ただ、マントラは体に合う合わないがあると思いますので、無理に習得をなさらないで下さい。

私が上げている動画より、多くの方が、その発音に不気味さを感じると思います。

これは「チベット密教 「聲明」 」という投稿でも感じるところですが、決して清々しい発音ではありません。

 

日本人ごのみでは無いかもしれません。

例えば日本には「大祓祝詞 」があります。

 

 

こうしたマントラや祝詞や真言で、ささやかですが「振動」と言いましょか、もしくは「共鳴」を気付いて欲しいのです。

それは、魂の震えもありますが、体を包む「気」のような物の振動、もしくは共鳴です。

それを人は「オーラ」とか「エーテル体」と呼ぶかもしれません。

それに気付き始めると、悪い場所の気や、悪い人の気など理解が出来るようになると感じています。

顔は良心で作られていても、また、そのような集団があっても、遠くから見ると、近寄りがたい集団であったりするものです。

 

また、人は誰でも苦難を知っています。

そして、それを乗り越えるマニュアルを探すものです。

そうした文献や宗教本を、この世で最高のものと見てしまい、そこから出ることも考えないような人達も沢山います。

しかし、この世で最高のものはありません。

それは、プラトンが答えています。(よかったら見てください。)

しかし、どうしても文面が素晴らしい為に、手に取ってしまいます。

 

故に、私は、知識という物を「道具として扱う」という事を、このブログでは何度も話しています。

知識は道具にすぎません。

その道具にのめり込んで、自身の神性を失うことは危険です。

 

私は、マントラや祝詞や真言を投稿しておりますが、あなたが体感する所を最高の答えとして欲しいのです。

私は、例えば、マントラや祝詞や真言と出会って、自然を理解できるように少しはなりました。

さらに言えば、「やさしさ」や「感謝」する事がわかるようになりました。

こうした理解は、体を包む「気」のような物の振動や共鳴を理解し始めてからです。

(そうした物は肉体と同様に、マッサージもできる存在であります。)

 

これは私の中の精神世界の話ですが、クベーラのガヤトリーマントラも同様に、何らかの助けになればと思います。

ただし、受け付けないと気付いたら、すぐにやめて下さい。

それは清潔な事です。

 

今回は以上にしたいと思います。

最後までお付き合いいただき、有難うございました。