私が思う、数馬の「九頭龍神社」と「九頭龍の滝」と「水」

 

こんにちは。本日も私のブログをご覧いただき有難うございます。

今回は神様カテゴリーにて、西多摩郡は檜原村にあります「九頭龍神社」です。

 

前回、素敵な「水」を目指していたことをお話し致しました。

おそらく、奥多摩辺りの水源が良いのではないかと思いました。

しかし同時に、この地域には「九頭龍の大神様」がいらっしゃる事も調べておりました。

早速、行動を起こす事に致しました。

国分寺は「真姿の池」から、このように一直線です。

 

はい、かなり時間がかかります。

 

場所は西多摩郡の檜原村の数馬という場所。

数馬の標識が見えてから、しばらく走って到着します。

 

ミチ

 

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画像は解析度が低いのですが、「九頭龍の滝」です。

こちらには勝手に車を止める場所はないので、あらかじめ社務所にて駐車券を購入しておきます。

 

詳しい事はこちら、ホームページをご覧ください。

http://www.kuzuryujinja.net/kuzuryu-syamusyo.html


私が「水」を求めていた話に戻りますが、同時に「龍神」に興味を持っておりました。霊験あらたかである事例を知りまして、一度行ってみたかったのです。

しかし、こうした「龍神」は近くにはおられません。

いるべき所へ行く必要があります。

それは、豊かな水源がある場所です。

 

そして奥多摩を目指して行く訳ですが、やがて都会の雰囲気は払拭してゆきます。

初めて訪れる際は、社務所にて神社の場所と、目的の滝の場所を聞く事が良いと思います社務所から少し離れた場所に神社はあります。

 

そして、やっと神社にたどり着きます。

神社の前に小さな駐車場があるのですが、ビックリします。

その雰囲気は神域を本当に感じます。

結界と表現しても宜しいのでしょうか。

そんな感じがあります。

 

さて、神社内に入って行きます。

ご祭神は、九頭龍大神と天手力男命です。

九頭龍大神は、語るに及ばざる事でしょう。

ご利益は、「九頭龍神社」のホームページをご覧になって下さい。

 

そして神社の様子ですが、いわゆる「諸々の」と言う言葉が適当であると思うのですが、澄んでいるのです。

この神社の先には、あの「九頭龍の滝」があるのですが、そうした水流の気配と
奥多摩の山林の気配の中に、神社の気があるのです。

まず、そんなに大勢のご参拝客は見かけません。

そうした場所ではありますが、お勧めする神社で御座います。

 

私は何度か通いまして、私的には「見ること」と言う、直感と言いましょうか。

悪いことを悪い事と見える力を養えた気がしております。


この神社に初めて参拝した時は、実は色々と問題を抱えていました。

その都度、この奥多摩の季節の中に自分を置きまして、自然と自分を省みました。

確かに、自分の接する問題は大きくなり、結局は弾けてしまうのですが、それが自然であったのでしょう。

私は自分を保っていました。


人は、見えない世界に興味を抱くものです。

知的探究心は、誰にでもあります。

そして、「見えざる事」、「聞こえざる事」は、誰にも共通して同じ事です。

人は、安易に「スピリチュアル」や「占い」のような所に引かれる部分があります。

このスピリチュアル系世界も、「見えざる事」、「聞こえざる事」の世界であります。

私には、例えばですが、スピリチュアルと言われる方々の顔が「のっぺらぼう」のように見えます。

もしくは、嘘つきの顔に見えてしまいます。

もちろん、全てではありません。

 

しかし、その「のっぺらぼう」のような発言者に賛同する、

自分の目には映らない世界を信じる人の集団が、意外とあふれています。

今回私は、ブログを通じまして、あなたの「目」を信じて頂きたいのです。

あなたの感じる世界は、あなたの中にしかなく、他者の見えない世界にはないのです。

あなたの御霊を他人に任せてはなりません。

あなたの解からない未来や、あなたがた欲する事は、あなたから発信される事が自然であるのです。


そんな「目」をこの時期に養った気がします。

 

おそらく、私以外の方が、この「九頭龍神社」を説明するのであるならば、大変な霊験をご紹介されると思います。

「九頭龍の滝」の画像をご覧になれば、解ってもらえる気がします。

ご利益を望まなくとも、何か自分に利益たる事がある事でしょう。(たぶん)

そうした神社である理由は、九頭龍大神がおわす神社であるからでしょう。

 

さて、話を「水」に戻します。

この「ご神体」とも言っても良いかもしれない「水」を飲むのです。

おそらく、私以外の方も飲んでいるでしょう。

飲んだ感想を表現するなら、一気に体の中の「大祓」が行われる気分です。

もちろん、大変な感謝を込めて頂きます。

そしてペットボトルを用意して、持ち帰られるようにしておきます。

 

さて、味の話になりますが、やはり個人的には、国分寺の「真姿の池」の方が美味しかった気がします。

おそらくですが、かなりの過程を経て、十分に様々なミネラルが入り、ろ過されて、「真姿の池」のような場所に、水が出ているのではないかと勝手に思っております。

 

不思議な事ではありますが、どちらの「水」も「大祓」のような浄化作用を感じます。本来は、こうした「水」と共に生活をしてきたのでしょう。

しかし、現代は水道管からの「水」となり、衛生的ではありますが、どこか「水」に元気を感じないのであります。

 

私のブログ投稿にて「府中の市杵嶋姫命」という投稿が御座います。

府中にある「大国魂神社」の境内末社ですが、同様に「水神社」という境内末社があります。

地下から汲み上げている「水」が、とうとうと、流れています。

やはりご神水なのでしょう。不思議と、心が払われる気がするのです。

本来の「水」とは、このような自然の「神水」であろうと思います。

 

おそらく、「コントレックス」や「ボルビック」とは違うのです。

 

私はその後、「水」を卒業します。

そうです。「炭酸水」に惹かれます。

 

しかし、その「炭酸水」もやがて卒業しました。

「チャイ → トゥルシー → マテ茶 → 麦茶」

現在は、麦茶です。

 

今回は以上にしたいと思います。

最後までお付き合いいただき、有難うございました。

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