こんにちは。本日も私のブログをご覧いただき有難うございます。
今回は「思想カテゴリー」にて投稿したいと思います。
少しだけ「マルクス」について書きたいと思います。
photo credit: Karl Heinrich Marx (5 May 1818 – 14 March 1883). Osho on Karl Marx and Communism. via photopin (license)
マルクスと言いますと、すぐに「マルクス主義」を思い浮かべます。
マルクスは1818年にドイツ(プロシア領ライン州トリエル)に生まれます。
マルクスは哲学者ヘーゲルが大好きです。
その為、「俺こそヘーゲルの弟子だ」と思っていたらしいが、それはヘーゲルの死後で、ヘーゲルが勤めていた大学に入学しただけの事でした。
そんなマルクスはヘーゲル哲学の影響をモロに受けていました。
表現すれば、左翼的で攻撃的な部類を走り始めます。
ヘーゲル左派と呼ばれる部類です。
こうした方々は、政府に抑圧されて行きました。
マルクスはドイツのボン大学の講師になりたいとは思っていましたが、抑圧されるのが嫌で別の道を探ることにしました。
マルクスは24歳頃に「ライン新聞」の新聞記者になりますが、政府批判が過激な為、新聞が発行を停止させられてしまいます。
何を考えているのでしょうか。
マルクスはその後、パリへ亡命します。
そこで「独仏年報」を発行しますが、第一巻で廃刊となります。
苦しい時代は続きます。
しかし、マルクスが幸運なのはエンゲルスとの出会いです。
エンゲルスがマルクスを支援します。それは精神的なやり取りであり、物質的なやり取りでした。
1844年以降、マルクスはパリで雑誌「前進」にて、過激なプロシア政府批判を続けます。
またしても、プロシア政府の圧力を受けてしまいます。
本当に、懲りません。
今度はベルギーのブリュッセルに亡命です。
しかし、ついにこの地で「共産党宣言」が打ち出されます。
ブリュッセルには、秘密結社である「共産主義者同盟」がありました。
こうした労働運動に参加していたのが、マルクスとエンゲルスです。
二人は、その組織の同盟の綱領を作成して欲しいと依頼されました。
そこで作成されたのが「共産党宣言」です。
その内容は省略しますが、資本主義は崩壊するよ。労働階級の到来だよ、という内容です。
これは前回に投稿しております「弁証法」を見て頂けると解ると思います。
ここでは「資本階級」と「労働階級」という矛盾した2つの存在がありますが、どちらかが自然と淘汰されます。
マルクスは、資本主義が崩壊する予想を立てるのです。
ヨーロッパを巡り、ロシアを巡る「ジャイアント」である共産主義の登場です。
マルクスとエンゲルスは懲りずに、またドイツのケルンに移って「新ライン新聞」を刊行します。
「新」をつければ良いと言うものではありません。
「賃労働と資本」という論文を掲載して、またドイツから圧力を受けてしまいます。
もちろん、また亡命します。
1849年に今度はロンドンへ移ります。
このロンドンでは大英博物館に通っていたそうです。
経済学書を読みあさり、常に思想を巡らせてますが、体が着いていかなかったようです。
しかし、マルクスは集大成である「資本論」を刊行しました。
1883年、ロンドンにて、マルクスは64歳でこの世を去りました。
ここまで読んでいただけると解ると思いますが、マルクスは常に政府の迫害の元に思想を貫いて生きてきました。
その思想とは、資本主義は崩壊して、労働階級の時代が到来するというものです。
その想いを、各国に亡命しながら諦めることなく続けました。
一般的にマルクス主義と言いますと、何となく嫌なイメージを持つ方が多いかもしれません。
しかし、マルクスは純粋であったと思います。
資本主義の果ては、絶望しかないと見ていたと思います。
マルクスの大好きな、ヘーゲルの哲学には「弁証法」があり、資本主義をひっくり返すパワーがある事を知っています。
だからこそ、めげずに頑張ってこれたのかもしれません。
純粋に、毎日を働く人達のための社会の実現。
それは尊いものでしょう。
ただ、労働階級の果てもまた、絶望的なものでした。
それが解るのは、20世紀の末の事です。
今回は以上にしたいと思います。
最後までお付き合いいただき、有難うございました。
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