デヴィッド・ボウイ ロックアーティストの貴公子でした。

 

こんにちは。本日も私のブログをご覧いただき有難うございます。

今回は「芸事カテゴリー」にて投稿したいと思います。

 

イギリスのロック歌手でありアーティストである「デヴィッド・ボウイ」が亡くなられたと言うニュースを聞きました。

 

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photo credit: via photopin (license)

 

イングランドらしいスピリチュアル的な魅力をを多分に有した、物凄いカリスマでした。

 

まず何より、従来のロックの在り方に一線を引いた方でした。

デヴィッド・ボウイより、完全に非現実の舞台芸術的な映像世界がロックと融合して、それは新鮮と言うか、永遠と言うか、エキセントリックというか、つまりは日常であるのでしょうけれども、機械的な感じを受ける類があるアメリカンロックとは対照的な存在でした。

 

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photo credit: Bowie 2 via photopin (license)

 

それでいて、生命感にあふれているのですから、それは世界のスターになって当然でありますし、失った事を本当に深く思う方々が多い事でしょう。

 

「デヴィッド・ボウイ」の左目は失明状態に近く、子供の頃より見えていませんでしたが、そのハンディをまったく感じさせません。

すでに自己の中で克服して、自分の個性にすらしてしまいます。

 

さらに自分が生きている時代をしっかりと認識して、自分が「同性愛者」である事も公表しました。

時代の中に、この意味を発言する事を理解していたのです。

 

1960年代以降から現在に至り、ロックを取り巻く流れは急速に変化してゆきます。

その流れを作り出した物凄い功労者であります。 

 

また、普通に歌が上手い訳であります。

いよいよ、引かれてしまうのです。

 

私が好きな曲は「Tin Machine」というバンドを組んだ時の「Baby Universal」 です。

 

 

 

ただやはり、時代が落ちて行くなと思っています。

「デヴィッド・ボウイ」のような巨星が落ちてゆくのですから、ロックに限らず、時代が大変な変更期に入って行く気がしています。

 

私は数十年間ですが、本当に最近のテレビも音楽も聞いていません。

忙しいという理由もありますが、面白くないのです。

 

音楽もYouTubeなどで聞く際には、数十年前の物ばかりです。

クーラシェイカーやスウェード、ジャミロクワイなどのイギリス音楽は、本当にイギリス音楽の気品を感じさせます。

 

この気品が「デヴィッド・ボウイ」を代表する理由であると感じます。

 

カテゴリ違いですが、「ラッセル」にも同等の気品を感じます。

http://mahakara.blogspot.jp/2014/11/blog-post_87.html

 

この民族を代表する気品であると感じます。

 

つまり「スピリット」が鮮明であるのです。

 

それは「神」の如しと言われたらうなずけるし、最高の芸術家と言われてもうなずける要素を持っています。

 

今の所、ロック界において「デヴィッド・ボウイ」の前に「デヴィッド・ボウイ」のような存在は無く、今に至っても同じ事が言えるでしょう。

 

「デヴィッド・ボウイ」の時代は終わってしまいました。

なんと言いましょうか、伝説になってしまいました。

 

 

今回は以上にしたいと思います。

最後までお付き合いいただき、有難うございました。

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