「直観力」を重視したら「バランス」を崩しますよ

 

こんにちは。本日も私のブログをご覧いただき有難うございます。

本日は「思考カテゴリー」にて投稿します。 

 

巷で言われている事ですが「直観力を養うと成功する」などの宣伝があります。

私としても「直感」は大切な感覚です。

 

ただ、申しておきますが「直観力」は人間の「副次的」な能力です。

 

 

さて、人間には「思考」があり、その原動力として「感情」があります。

まず、「思考」と「感情」がお互いに「支え合っている存在」としてあります。

 

 

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この関係が「第一」に働いていないと、まず「人間」ではありません。

 

「思考」と「感情」が「気薄」な人間を想像してみましょう。

 

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すでに終わっています。

 

 

さて、私達の「思考」と「感情」を「補佐」と言いましょうか、「副次的」に巡回している「能力」があります。

 

 

それが「感覚」と「直感」です。

 

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現代の時代、「思考」と「感情」よりも、この「副次的な機能」が有効に働いている人達が多いようです。

 

例えば「空気を読まない」「礼儀を知らない」「勝手に話し出す」「人前で化粧をする」

「いびきをかいて電車で寝ている」「平気で悪口を言い続ける」「先生の言う事を聞かない」

「上司なんて関係ない」などなど。

 

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つまり、とても常識では考えられない行動を「平気」で行い、その行動に「一切の反省」を省みる事のない、最低にして最悪な態度です。

 

この「副次的な機能」である「感覚」と「直感」を特化すると、それはどんな人間になるか、想像ができると思います。

 

「感覚」に優れた方は、いわゆる「イラストレーター」などの業種である「感覚」を大切にする方々です。

その為、この「感覚」に対する「神経」は常人の域を超えています。

 

そして「直感」ですが、いわゆる「神からのお告げが降りました」や「見えない世界を聞きました」などの「神秘系」にも当てはまる、卓越した「感覚」を持つ人達です。

 

ただ、「直感」とは、あくまで「副次的」な機能です。

 

この「直感」を働かせる為には「思考」と「感情」が無ければなりません。

この「思考」と「感情」が原動力となって「感覚」と「直感」を動かしはじめます。

 

ところが、これは「日本の学校教育」から「家庭」、「社会」を見渡しても、「価値」を基準とする「流れ」、つまり「結果が求められる」状況が続いています。

 

その為、どうしたも「思考」と「感情」を「後回し」にして「結果」の「優等生」を教えます。

その為、「感覚」と「直感」に特化した社会が生まれてしまいます。

 

 

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「感覚」と「直感」に特化している自分、もしも「気づくところ」があるのでしたら要注意です。

 

結局、「感覚」と「直感」の「力」とは、元々は「思考」と「感情」が原動力です。

 

この「生命」の根源である「思考」と「感情」を「度外視」して「感覚」と「直感」の中に生活する事は、危険である事は明確です。

 

多くの自己啓発本が「直観力を養う事」を進めています。

「直観力」は非常に大切な機能です。

 

ただし、この「機関」に特化する事は、本当に大切な「原動力」を失います。

 

「直感力」とは、「思考」と「感情」の下に生きる機能です。

 

この基本的な構造を無視しますと、自己のバランスを崩し始めます。

 

そして、自分では間違っていないとしている「自分自身」から「病」や「怪我」や「嫌な出来事」を「誘発」しやすくなります。

 

何故なら、自分自身が警告として「止めよう」と訴えるからです。

 

「直観力」の上には、大切な「思考」と「感情」があります。

この部分が、最も大切な原動力です。

 

 

今回は以上にしたいと思います。

最後までお付き合いいただき、有難うございました。

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