こんにちは。本日も私のブログをご覧いただき有難うございます。
今回は「日記カテゴリー」にて投稿したいと思います。
最近、投稿が出来ておりません。
しかし、レポートは沢山書いています。
そうです。会社にて報告書を沢山書いています。
さて、私は不思議なのですが古い書物を良く読みます。
そんな折、最近は1935年頃~1950年頃の比較的、文字が現代風の書物を見たりしているのですが、この当時は「第二次世界大戦」が勃発した年です。
「第二次世界大戦」におきましては、本当の真実とは何か?は語る事が出来ませんが、この当時に生きた方々の心意は、今、私達が持っている心意と変わる所がないと感じています。
その一例が、東京裁判で、東条英機の頭が叩かれた瞬間の動画です。
大川周明 が後ろから引っ叩きます。
その大川周明を見ましても、何かをしたそうな雰囲気です。
東条英機を見ましても、普通の笑顔を持っている人間であることが伺えます。
本日は、東条英機についても大川周明についても語りませんが、両名を単純に戦争勃発者と見る事は出来ません。
物事には、必ず原因があり結果があります。
「第二次世界大戦」を避けたいと思っても、起こる要因は日本の中に溢れていました。
これは私の意見の1つです。
それは、国民の多くが「天皇陛下」におぶさり続けた事です。
「天皇陛下」を立てれば良いと考えたり、「天皇陛下」の世なら何とかなると、国民の中に考える方がおられた事も問題であると思っています。
「天皇陛下」を立てるのならよいのですが、私から見たら、世の中の様々な不平の矛先の解決として、「天皇陛下」に、おぶさっているように見えます。
そうしますと、「クーデーター」などが起こり始めます。
最終的には「天皇陛下」が戦争を回避したくても、出来ない状況になります。
話が「東条英機の頭が叩かれた瞬間」からそれてしまいましたが、大川周明の気持ちからしたら、ハゲた頭が目の前にあったら、つい叩きたくなったと感じています。
叩きやすいように感じたのかもしれません。
当時、大川周明が精神を病んでいたと言う事もありますが、これは精神を病んでいようが、変わらない事でしょう。
裁判中に引っ叩くのですが、もしかしたら東京裁判を茶番と感じていたから出来たのかもしれません。
私的な意見で言えば、大川周明も東条英機も、裁判を行っているアメリカよりも上であり、見下しているように感じます。
ちなみに、「第二次世界大戦」が終結する1945年より10年前の映像があります。
この当時の書物を見る限り、特異的な書物ばかりではありません。
普通の世の中で、現代と変わらない人の世であったと思います。
だから、言いたいのです。
東条英機の頭が叩かれた理由は、ハゲた頭が目の前にあったら、つい叩きたくなったと言う事です。
大川周明は、これ以上のポイントはないと感じたと思います。
つまり、「ツボ」のポイントは現代と変わらいのです。
私的に追記させて頂くと、これ以上の「叩く記録」は無いのです。
今回は以上にしたいと思います。
最後までお付き合いいただき、有難うございました。
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