無茶苦茶なタイトルですが、これもまた真実です。
これは「マイケル・ボルダック」が話していた事です。
大変に勇気づけられる言葉です。
多種多様の生き方をする私達ですが、その空間には「喜び」と「悲壮」が渦巻いています。
「正」と「悪」と大別して、何をするにも「陰」と「陽」が付きまといます。
この世界で、私達を動悸づけているのは「恐怖」でしょう。
「恐怖」があるから「回避」としての「生命力」が生まれているのでしょう。
ただし、恐怖ばかりに接していれば、人間は「悲壮」の中に落ちてゆきます。
そして、この「悲壮」から逃れたい為に「タバコ」や「お酒」や「身を滅ぼしてゆく」ような過程に進んでゆく人が沢山います。
ほとんどの方々は、この時に「恐怖」と友人になって「悲壮」の中に「ゆとり」を感じています。
「悲壮感」の中に「いやされている」のです。
しかし、これは「正解」ではありません。
間違った生き方であり、「不正解」です。
人間が良くある事とは、この「恐怖」とは別の側面で生きている事です。
「感謝」を選ぶべき
毎日の生活の中で、感謝すべき事は沢山あります。
・自動販売機で買ったお茶がうまかった。
・靴のヒモが、長い間ほどけないままだ。
・買い物をしたらポイントが付いた。
・窓をあけたら太陽がまぶしい。
・人と話しをした・・・・・
この世界には「恐怖」という側面と「感謝」という側面しかありません。
だから「恐怖」を見つめていれば、つねに「悲壮」の中にある事になります。
ところが、些細ですが「感謝」できる側面ばかり見ていれば、想い描いていれば、そこには「恐怖」の世界はなくなります。
この時、「悲壮」との友人関係は消えてなくなります。
とにかく、感謝メインで過ごす事を習慣にしてみる
このブログを始めた時のテーマが「感謝メイン」でした。
「感謝」の力が凄い事を、何気なく書き綴っていました。
「感謝」の世界を思い描いている周囲には、安らぎがあります。
充実があり、喜びがあります。
私達が出来る事ですが、ただ「感謝」を思い浮かべるだけで良いのです。
私達の「脳」には「時間の概念」はなく、たとえ「過去の感謝の出来事」でも「新鮮」に想いを再現してくれます。
毎日の些細な出来事に「感謝」を見続けるだけで「悲壮」という「恐怖」の世界を思い描く事が無くなってゆきます。
常に「感謝」を描ける事が、幸福を導き出します。
常に感謝を思い描く習慣を身につける
この時、やっと「闇」との「縁」を切る事が出来るようになります。
体の神経が、そのように編集されてしまうのです。
しかし、この世界は「恐怖」と「感謝」しかない為、ぼっとしていると「恐怖」に支配されます。
これは「筋肉トレーニング」と同じで、トレーニングしていなければ「筋力」が落ちて、体がだるいという感覚に似ています。
多種多様の生き方をする私達ですが、個々人が日々の「感謝」に目を向けて生きるだけで、この世界にある「恐怖」を排除できます。
「感謝」の力は素晴らしいです。
今回は以上にしたいと思います。
最後までお付き合いいただき、有難うございました。
0 件のコメント :
コメントを投稿
注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。